小説 隠れ仏(かくれぶつ)


ライザ・ダルビー



秘するーそれは、古来、日本仏教における伝統であった。

現在においても、いくつかの寺には「秘仏」が祀られており、特別開帳の折以外には、拝観できないことになっている。

この「秘仏」とは、神秘的な力をもつゆえに秘められるのかー、それとも、秘められるがゆえに力をもつのかー。

そもそも、力とは秘する、そのことの中に存在するのだ。


日本では、あからさまにものを露見してしまうことよりも、ひそやかに仄めかすことが美徳とされてきた。秘するというその行為は、ともすれば贈賄、汚職、不倫などといったことに結びつきかねないが、一方、秘蔵、秘儀として守り伝えられることもある。そもそも力とは、秘するというそのことの中に存在するのだ。世阿弥いわく、「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」。


この小説には、日本仏教の保守的な世襲制に葛藤しながらもそれに従う僧と、伝統に反抗して自らの生き方を貫く僧という相反する二人の僧が登場する。

また、あるアメリカ人の大学院生が秘仏の真相を探求するために来日し、そこで偶然、美しい日本人のファッションデザイナーと運命的出会いを遂げてゆくその因果が描かれる。彼女との間に生まれた二世の子供は、現代文明に順応しながら成長し、携帯電話で世間を闊歩してゆくが、やがて世俗に居ながら悟りに至る道を得る。

時代は、20世紀末ーそれぞれの登場人物の生活が反映される国際的舞台において、「隠れ仏」はそのまなざしを現代の宗教、ファッション、政治へと向け、その退廃ぶりを浮かび上がらせ、末法の世の物語を紡ぎ出してゆく、、、